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  • 孤立無業者・SNEP(スネップ)が急増中 (孤立無業者とは、snepと ニートの違い

     
    相互リンクしているくらげねこさんの姉妹サイトで「孤立無業者(SNEP)が急増中」というエントリーを読ませていただいて、はじめて「孤立無業者(SNEP・スネップ)」という概念があることを知りました。
    昔「フリーター」という言葉から始まって、一昔前には「NEET(ニート)」という言葉が注目されていましたが、今は「SNEP(スネップ)」が注目されつつあるそうです。




    <孤立無業(SNEP)とは ニートとの違い>

    孤立無業(SNEP)とは何なのかを調べてみると、世代間問題研究機構から「孤立無業(SNEP)について -総務省『社会生活基本調査』匿名データによる分析-」というのが出ていました。

    (研究者)
    玄田 有史 (東京大学社会科学研究所)
    高橋 主光 (東京大学大学院経済学研究科博士課程)1


    【孤立無業 SNEPとは】
    孤立無業(Solitary Non-Employed Persons: SNEP スネップ)とは「20歳以上59歳以下の在学中を除く未婚者で、ふだんの就業状態が無業のうち、一緒にいた人が家族以外に連続2日間いなかった人々」を指す新概念である。
    総務省統計局『社会生活基本調査』匿名データを用いて集計したところ、孤立無業は2006年時点で100万人を超え、過去10年間に45万人の増加をみせている。スネップは、テレビの視聴時間等や睡眠時間が他の無業者に比べて長く、家族を含めた誰とも一緒にいない一人型の孤立無業ほどその傾向は強い。
    他者と交流のない分、家事時間が長くなるのは、家族と一緒にいる家族型の孤立無業のうち、女性のみである。
    スネップは電子メールなどインターネットの利用も少なく、パソコンゲームやテレビゲームの利用頻度も特別に多いとはいえない。過去一年にスポーツ、旅行、ボランティアなどを一切経験していないことも多く、孤立無業は総じて社会から距離を置いた生活を行っている。スネップは求職活動、就業希望、仕事につくための学習のいずれにも消極的であり、家族型の孤立無業ほどその傾向は顕著である。孤立無業の増加は、生活保護受給者の更なる増加など、社会の不安定化と財政負担の要因となり得るものであり、アウトリーチ活動の充実や福祉から就労への移行支援など、早急な政策対応が求められる。



    ちょっとわかりくいですが、SNEP(スネップ、孤立無業者)とは「Solitary Non-Employed Persons」の略で、「20~59歳の在学中ではない無職の未婚者で、関わりを持つ人が家族以外に一切いない人のこと」です。

    「NEET(ニート、若年無業者)」と「SNEP(スネップ)」の違いは、NEETは「15~34歳の年齢層の非労働力人口の中から学生と専業主婦を除き、求職活動に至っていない者と定義されている。」ので、SNEPの方が年齢幅が広く、社会とのかかわりが極めて薄いところに違いがあるのでしょう。

    SNEP、引きこもり、ニートの区分は理解が難しいので、SNEPを研究している東京大学社会科学研究所の玄田有史さんのブログエントリー「SNEP (24) (ゲンダラヂオ(玄田ラヂオ))」にリンクを張っておきます。

    さてSNEPの方の人数ですが、東京大学の最近の調査で、2011年には、職に就かず、かつ、家族以外の人々との接触がほとんどない人々が162万人に達したことが明らかになっています。
    国内の未婚で無職の256万人の約60%にも相当するんだそうです。

    スネップは電子メールなどインターネットの利用も少ないということなので、無職の方の半数以上は家族以外の周囲との交流を絶って引きこもっているというイメージになります。
    引きこもりの外とのつながりをインターネットで補っていると勝手に想像していたのですが、そうでもないようです。
    今はインターネットを通じて情報も収入も得られる時代なので、やりようによっては十分暮らしていけると思っていましたが、インターネット利用がない方は収入を得るすべがないように思います。

    SNEPという概念が示されたことで私の中にもいろんな思い込みがあったことがわかりましたが、こうして言葉が出てくるたびにその言葉のイメージに頭が書き換えられているような気がします。
    私は何もわかっていないことだけがはっきりわかります。


    資産形成系のブログを書いている中で、「子どもがニートになるリスクを考えるべき」というコメントをいただいたことがあります。
    娘達には、苦しくない程度に社会とつながりながら自分が満足できる人生を歩んでほしいと願っていますし、そのためのサポートはしていくつもりです。

    しかし、私達が学生だった頃(バブル期)に比べて社会の閉塞感が尋常ではないので、様々な心の問題を抱えがちな時代です。
    そういう意味でもSNEPという概念はとても気になります。




     
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    アラフォーで一度立ち止まる意味(仕事、結婚、独身、ドラマなど)

     
    私もついにアラフォーの出口に差し掛かりつつあります。
    40歳あたりは人生の折り返し地点ですから、アラフォーのどこかで自分に対する問いかけをせざるを得ない場面が訪れやすい節目なのだと思います。
    男性だと42歳が「大厄」と呼ばれ、凶事や災難に遭う率が非常に高いとされています。
    私も気をつけなければならないです。




    <アラフォーとは(意味)>


     「アラフォー」とは、Around forty(Around 40)(アラウンド・フォーティ)の略で、40歳前後の人(世代)を指します。
    ですので、30歳前後は、アラサー(Around 30)(アラウンド・サーティ)と言いますし、20歳前後は、アラハタ(Around 20)(アラウンド・二十歳)と言います。
    20歳前後については、なぜかトゥエンティではなく「はたち」を使いますよね。


    「アラフォー」の言葉自体は、単に「40歳前後」という意味だけです。

    TBS系列で、2008年4月11日から6月20日までの毎週金曜日の22時から放送された『金曜ドラマ・Around40 〜注文の多いオンナたち〜』を私も見ていました。
    「アラフォー」という言葉が流行り出したのはこの頃でしたよね。

    主演の天海祐希さんが、40歳を間近に控えた主人公の精神科医(緒方聡子役)を演じ、大塚寧々(森村奈央役)や松下由樹(竹内瑞恵役)と共にそれぞれの道を進んできた40歳前後の女性の苦悩と葛藤を複眼的視点で描いたドラマでしたね。

    ・緒方聡子(天海祐希):39歳。精神科医。独身、恋人なし、結婚願望は一応あり
    ・森村奈央(大塚寧々):35歳。雑誌編集者。結婚願望なし→突然セレブ婚。
    ・竹内瑞恵(松下由樹):39歳。夫と息子(14)との3人暮らし専業主婦。聡子の中高の同級生。

    それぞれの道を歩んできたアラフォーの「独身」「結婚」「子ども」そして「仕事」を描いていたので、男の私でも面白くみさせてもらったので記憶に残っています。
    このエントリーの初期版を書いたのも、このドラマ後ですので影響を受けたんですよね。

    女性の仕事については、アラフォーに入る前の35歳が大きな節目で我が家もその節目を越えたところにいました。
    私達が35歳の時は、娘達が小学校低学年でした。
    仕事と子育ての狭間の中で、モヤモヤしているうちに35歳の節目を通り過ぎてしまいました。
    35歳を過ぎちゃうと極端に仕事が見つかりにくくなるし、正社員で働くとなると定時では帰りにくいので、結局我が家は妻の再就職へは踏みこめませんでしたので、竹内瑞恵(松下由樹)の苦悩が一番身近でしたね。
    「自分も何か仕事しなければ…」と焦りと子育ての狭間に我が家もいました。
    なんとなく、社会においていかれている疎外感があるんですよね。

    独身の方も、子どもがいない方も、アラフォー世代の人ならば自分の人生に照らし合わせていろいろ思う所があったのではないかと思います。そんなドラマでしたね。




    <39歳の入院と自分への問いかけ>


    (私が39歳時点で書いたエントリーです。)

    40歳くらいになると、「いったい自分は何のために働くのか?」という問いに答えが見出さなくなってしまうことはありませんか。
    ここを軽くかわせる人はいいのですが、「突如と心が深い闇に覆われる人」もいます。

    私ももうすぐ40歳ですが、社会的にも責任が重くなっていくのを感じます。
    今年入院したのも、「精神的・肉体的」に疲れててきているので「たまには休め。そしてこれからはあせらず無理せずゆっくり歩みなよ。でないと取り返しのつかないことになるぞ…」という神様の言葉を聞いたような気がしてなりません。

    私は今の仕事が天職という感覚はありませんが、どこにでも馴染んでそれなりにこなせるタイプだと自分では思います。(仕事が出来ると言う意味ではないですよ。)
    今の仕事すきですし、やりがいも持っています。
    自分では問題なくやってるつもりでも、入院してしまったことに正直驚きを隠せませんでした。
    「何が原因なのだろう?」~直接の原因は今でも分かりません。

    分からなければどうでもいいということではなく、むしろ、いったん立ち止まってゆっくり考えるべきだなと思います。
    今はそういう時期ということだと思うんです。

    私は、どちらかいえば前に前にいくタイプの人間なので、気付かないうちに無理が溜まるようです。
    突然「心の闇に捕らわれる」こともあるかもしれないなと思いました。
    なにか感じるものがあれば「立ち止まる勇気も必要な時期」に来ているんだと思います。
    もはや若さで解決できないくらいの無理が溜まっている恐れがあるという「1つの警告」だと思います。

    40歳あたりは人生の折り返し地点でもあります。
    肉体的には若くないので今まで以上に「自分の心と体への問いかけ」が必要なのかもしれません。
    「立ち止まって過去を1つ1つじっくり整理しつつ、自分の体力に合わせた未来に再構築する。」。そういう時間を充分とってもいいかなっておもいます。
    急いで結論を出す必要はない、むしろゆっくりがいい。。これが入院を通じで意識が変化したことの答えのように思います。



      
    <アラフォー、42歳男子の仕事感>


    39歳時点の入院時に比べると仕事における立場は随分と変わりました。
    たった3年で一気に変わるものだなと思いますけど、これがアラフォーなんだなとも思います。
    団塊の世代の退職は、リタイア年齢が遅くなっているとはいえものすごいインパクトがあります。
    なにやら一気に責任が増してくるという感じですね。

    入院時は、最前線の中で一番難しい難題をクリアするという感じで、年齢が上がってくるごとにプレッシャーが少しづつ上がってくるという感じですよね。
    仕事の節目がアラフォーあたりで来ると仮定した場合、「ふるいにかけられる」もしくは「自らをふるいにかける」という時期が来るという事です。

    例えば、中間管理職に進んでマネジメント的な仕事になるのか、最前線で周りをフォローしつつ難しい難題を押しつけられる立場のままいくのか、もしくは主戦場からできるだけ外れるようにしていくのか、いろいろな道があります。
    これからはパラサイトでいくのか、どうせ仕事をするんであれば自分なりに何かをやりたいと思うのかという視点もありますね。

    パラサイトを目指すのでなければ、形は違えど年齢を重ねるごとにプレッシャーは増えていきます。
    昇進しないのであれば、最終的な責任者にならなくてよい半面、年齢を重ねる毎に背負う重さは少しづつ増えていきます。
    昇進していくのであれば、責任を負う立場に進むことになり、上司と部下の板挟みともなる中間管理職をこなしていかなければいけません。

    アラフォーで巻き起こるそれぞれのドラマは、会社の思惑とそれぞれ個人の思惑が複雑に絡み合って、いくつもの分かれ道を作り上げます。
    特に自分がどうしたいと思っていなくても「お前はどの道を行きたいのか。」を知らないうちに選ばされているように思いましたし、「はっきりどうするのか?」と問われる場面にも出くわしました。

    人生の後半戦の行く末がここら(アラフォー)で決まってくるんだなと感じました。
    選択すれば動き出します。
    「どうせ仕事をやるなら楽しもう」という気持ちをいつまで持ち続けられるかは、立ち止まって考える事を忘れないことなのかなと思います。
    気付かぬうちに闇にまで進んでしまっては大変です。






    このページは、2008年7月1日にUPしたエントリーを修正しています。

    「Around40を考える」の見出しへのリンク⇒エントリー一覧(ホームページ)へ 
     
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    シンプルを極める(心に何もない空間をつくる)

     
     
    「シンプルを極める ドミニック・ローホー著書 原秋子訳」を読みました。
    シンプルライフの本かと思っていたところ、経済的側面ではなく、心について書かれているのでとても楽しく読めました。

              

    「無」との出会い。
    「放っておく、諦める、止める、停止する、断る、減らす、手放す」
    そうすることで心の中に無の空間を作る事でどのような効果があるのかが書かれていました。
    管理するのではなく、削除すれば足りる。
    そういうことって結構あるのかもしれません。



    <モノを排除する>


    本当の意味の贅沢とは、一般的な幻想とはかなりかけ離れたものです。それは、ゆっくりと時間をとる、無駄をしない、品質に妥協しない、自分の個性を尊重し自分に敬意を払うことです。そして何より自分にストレスを与える行為をはっきりと断れる自由、または自分にとって邪魔、嵩張る持ち物すべてをすてることができる自由です。


    モノを買わないということがシンプルライフだと思っていました。
    そういう側面もあるとは思いますが、ここで書かれていた事はもっと深いと思いました。

    モノを買わないのは得意な方ですが、「モノを捨てる」というのはどちらかいえば苦手です。
    今は役に立たなくても将来役立つかもしれない、自分の買い物の過ちを認めたくないという意識もあったかもしれません。
    妻は割と捨てる方で、「捨てていい?」とよく聞かれます。
    どちらかといえば男性の方が貯め込む習性があるのかもしれません。
    実際捨ててみると「ちょっとすがすがしい」と感じる事が多いみたいです。

    そして、今、改めて考えてみると、モノを捨てた事によってそれに関わる時間がなくなったんだと思えるようになりました。
    自分のエネルギーを無駄なモノにとられていた部分は確実にあったと思いました。


    ひとたび「所有すること」が「持たないこと」よりもずっと辛いことをはっきりと認識すると、あらゆる面で気持ちに変化が起こってきます。驚いたことに他人の持ち物に対する嫉みが消える、うらやましいと思わなくなるのです。なぜなら、「まったく別な富を自分は持っている」と思うからです。
    (中略)
    現在の消費社会が、あの手この手で買わせようとしているモノがなくとも生活できるように、私たちは学習し直す必要があり、そうするべきです。すべての「過剰」は人生の大切な瞬間、本質から私たちを遠ざけようとします。


    若い時はそうではなかったですが、30代に入ってからは他人の持ち物に対する嫉みは随分となくなりました。
    37歳まで携帯電話を持ってなかったくらい他の人より遅れている生活をおくっていたくらい鈍感でした。
    あれば便利、持っていれば時間を取られる。
    パケットし放題(定額)は、象徴的で、もったいないとかお得だから湯水のようにパケットを使う人もよくみかけますが、一体何を持って得なのかよくわかんかかったりします。
    得とか損とかを考えるときに、かかる労力や時間も意識するようにすると見方も変わってくる部分もありそうです。

    「過剰」にエネルギーを割かない。
    確かにそうあるべきだと思います。
    しかし、まだまだそれはできていないなというのがホントのところです。
    捨てられないモノを思い切って捨ててみることで、何かが見えてくるのであればやってみたいと思います。

    30代後半くらいから、心について興味を持ち始め、興味のわく範囲で勉強するようになりました。
    「過剰」が人生や感性さらには心の中まで浸透してきているという考え方は今まで持っていませんでしたが、そうであるならばこれは私にとって由々しき問題です。

    「モノを捨てれば捨てるほど、自分にとって不要なモノが認識できるようになってくる」ということです。
    モノだけではなく、習慣も止めてみることで、何かが見えてくるのだとすると、それって面白そうだなと思いました。
    40代になると人生の残り時間を意識し始めます。
    面白そうなことはやってみたいですね。

    それにしても「物質的な豊かさ」と「自分の存在」は相反するものなのでしょうか。

    私たちが物質社会の虜になっている限り、私たちの存在の主要な部分は未発達のままになっています。不必要なモノを切り捨ててみてください。すると自分で自分をコントロールできるようになり、モノに執着することなく、モノを利用できるようになります。すると、モノから自由になることが決して難しいことではなく、それで私たちがより豊かに暮らせるようになることも理解できるようになるでしょう。


    なるほど、相反するものというのではなく、「モノを利用する」ということですね。
    つまり「利用しないモノ」は不要だと。これはシンプルでいいですね。


    今という瞬間に私たちが抱く感覚、物事の捉え方、思考というものは、決して絶対的なものではありません。長年生きてきた中で培われてきた個人的な状況(肉体的、感情的)の積み重ねによる経験から出てくる、暫定的な判断に他ならないからです。


    このブログのエントリーを数年毎に書きかえていく、いわゆるホームページ的なブログにしようと思ったのは、まさにこのことを感じているからです。
    書きかえる時に、以前の考え方を修正していく部分がいかに多いか。
    自分の中で陳腐化した過去の考え方を今の想いに書きかえる作業を通じて、なんか前に進んでるなって気がしますし、頭の中がすっきりしてくるんです。
    きっと、過去の考え方を上書きすることで、何か心に影響があるんでしょうね。




    <何を捨て、何を取っておくか?>


    「何を捨て、何を取っておくか?」を自問すると、案外難しいなと感じます。
    なんとなくこうだとは言えても、はっきりこうだとはなかなか言い切れないなと。
    たぶん、失敗はつきものなんだろうな。
    失敗したり、良かったりを繰り返しつつ自分を理解していくものなんだろうな。
    なんせ、上記の様に、自分自身も常に変化し不変ではないわけですもんね。


    お金は何に役立つのでしょうか?快適な生活を送るため、将来の生活を保障するため、そして何でも願っていることや願いを可能にする、と心得るためです。お金の役割は別な形の豊かさ、たとえば自由へのアクセスを可能にしてくれるものでもあるべきです。人生の終わりには、自分の経験の記憶の他に一体何が残るのでしょうか?様々な経験、これこそが私たちを成長させるものです。


    「人生の終わりには…」というのは究極の問いです。
    そして「お金をどう役立てるか」は、数年前からのうさみみ家最大の課題です。
    数年後、何かが見えている事を期待し、今は無理に答えを出さないでおきます。




    <捨てる事とは?>


    「捨てる事とは何なのか?」は、実際しててみるとわかるはずです。
    ただ捨てたというだけではく、捨てた事によって感じることに意識を持っていればいいんでしょう。

    捨てることは自分の人生について問いかけることを余儀なくし、私たちは物質的な分野に「貼りついて」いることが遅かれ早かれ私達を落胆させ、直面しなくてはならない不測の事態や避けられない損失に備えるものではないことを理解するようになります。
    捨てることは、自分をいつもと違う別な角度から見ることを促します。
    捨てることは容易ではありません。それは誰にとっても同じです。
    たった一人で自分自身と向き合うこと、空虚さと面と向かうことへの恐怖が付きまとうからです。
    それでも気を紛らしていたモノがなくなると、自分自身を不安にさせる疑問を自分に投げかけなくてはならなくなります。


    捨てる事で自分を見つめなおすことができる。
    「捨てるべきか、捨てざるべきか」を判断するには、いやでも自分を見つめなおす必要があります。
    自分が縛られている部分を発見できて、それが自分にとって大切なものなのかどうかを見極める必要がありそうです。
    それほど大切なものでない呪縛は、もったいないと考えることができるかどうかが鍵なんでしょうね。


    ミニマニズム(少ないモノで生活するライフスタイル)の醍醐味を知る人たちが、再び混沌とした生活に戻ることは滅多にありません。彼らは自分の家に不要なモノを持ちかえることが物理的な場所を占めるだけでなく、心の領域までも占領することを十分理解しているからです。


    リバウンドはしないということですね。
    贅沢な生活に慣れると質素な生活には戻れないとも言いますから、逆もまたしかりでしょうか。




    <死に備えるということ>


    かなり長文になってしまいましたが、将来の宿題として最後までいきたいと思います。

    年老いて、一人で自分の資産を管理できなくなる時がくるかもしれません。そうなるまえに行動を起こしましょう。自分が所有しているモノに関して決断の責任を他人に押し付けないようにしましょう。これはエゴイズム以外の何ものでもありません。残された子供たちにとって、親が残した遺産問題を解決することがいかに辛いことであるかを考えるべきです。あまりにも多くの人たちが「残された者が何とかするだろう」と言い残して旅立っていきます。そして残された者たちが仕方なく不本意な決断を下すことになるのです。過去を、思い出の品々を清算することは辛く、痛みを伴う作業です。
    (中略)
    あなたが残す別れのギフトは「自由」であるべきなのです。


    この部分はどうしても書きとめておきたかった一文です。
    遺せる人がいる幸せは私のものですが、遺された者が呪縛されるような遺し方は確かに不本意です。

    この本では呪縛の例をマンションオーナーを引き継いだ子どものケースを挙げていました。
    財産を遺してくれてうらやましいなと思っていましたが、そういう見方もあるんですね。
    こんなことを書くと多くの人に怒られそうですが、先祖代々の土地もしかり。
    維持するのに割く労力は半端ではないですもんね。

    子どもに何をどういう形で遺すのか、また、どういう風に処分してもらうのか。
    しっかり考えていきたいと思います。




     


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    我家のエアコン事情~夏場の電気代

      
     
    2010年の夏は史上最大規模の酷暑だったといえるかもしれません。
    いつになったら涼しくなるのかといいつつ9月10日になりました。
    台風が暑さを持って行ってくれたのかな。


    今住んでいる所は盆地なので、夏は暑く、冬は寒いという感じですが、都会というほどではないのでヒートアイランド現象はあまりなさそうです。
    比較的涼しい風も入るし、今は明け方は布団をかぶらないと風邪を引きそうです。


    例年ですと、夏場にエアコンを使用するのは数回程度です。
    普段は、室外機にカバーをかけ、エアコンのブレイカ―を落としています。
    冬は一切使わないので、やはり年間数回程度しか使いません。

     

     
     


    <例年のエアコン事情>


    夏場の主役は扇風機ですね。
    我家のエアコン事情は、「扇風機を使おう」 で書いた通りです。


    娘達はエアコンを自分でつけると言う事はありません。
    エアコンをつける時は、妻がつけなさいと言ってつけます。
    娘達にはエアコンをつけるという習慣が全くないのです。


    うさみみも家ではつけません。
    風の通る部屋、一番涼しい部屋、扇風機など、その時々で工夫しているので、エアコンという発想は一番最後であり、そこまでいくことはないのです。
    妻は、家族の健康に対して一番注意を払ってくれているので、エアコンをつけるべきという状況になると、エアコンをつけるように言ってくれるのです。
    家族に無理がないようにという意識なので、妻がエアコンの部屋に入ってくる事は稀です。


     



    <2010年の夏>


    2010年の夏は、酷暑という言葉がふさわしい夏でした。
    熱中症で倒れる人もたくさんいたと聞きます。
    外の仕事の時は、とても暑かったです。


    2010年のエアコン事情は例年と比べてだいぶ違いました。
    エアコンを使ったのは、15回位のようです。
    うさみみも休日に何回かエアコンの効いた環境で数時間ほど読書していました。
    やっぱ、エアコンは体にしっくりこないという感覚と、涼しくていいなという感覚と半々でした。


    今後、娘達が勉強する環境を考えるとエアコンも必要になってくるかもしれないなと思います。



    2010年7月の電気代は、約3300円(約170kWh)で、8月の電気代は、約4800円(約230kWh)でした。


    ちなみに、


    2009年7月の電気代は、約3200円(約160kWh)で、8月の電気代は、約3300円(約170kW)でした。


    やはり、エアコンを使うと電気代が結構あがっちゃいますね。










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