ブログパーツ 長が~く続けて、ゆとりある暮らし  2011年01月
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  • 目標と人生設計と投資のリンク


    夫婦の合意とアセットアロケーションで言いたかったのは、「投資は歩みたい人生の実現のための1つの手段に過ぎない」ということでした。

    お金の使い方で夫婦がもめることもあります。特に浪費と節約の対立ですね。
    またお金の使い方というか活用方法では、「家を持ちたい」と「投資がしたい」など整合性が難しいことでも、夫婦がもめることがあります。
    どちらも一理あることも多く、その整合は困難を極め、どちらかが一歩引くか、両方が引くか、どちらも引かないのかいろいろでしょう。
    何がいいとは言えませんが、投資が絡むとホントに分かりにくくなりますね。

    うさみみは、「家が欲しいという熱」も理解できるし、「投資をしたいという熱」も理解できます。
    そういう経験をしてきたから。
    今は当時より相当冷めた目線で見れるようになりましたが、熱くなるとそうはいかないのもまた人間ですね。
    それでも夫婦は共に歩んでいくんですよね。


    「投資は歩みたい人生の実現のための1つの手段に過ぎない」と考えている以上、大きな流れとしては「将来なりたい自分達を考える人生設計」→「それに必要な資金計画となる目標設定」→「アセットアロケーション(資産配分)」という流れでリンクさせるものとしてとらえています。

    「投資は手段」と軽視しているように感じる人がいるかもしれないような言い回しですが、決して軽視しているのではなく、そういう風に考えないと投資の魔力に魅了されてしまうという感覚があるからかもしれません。
    どう考えても「投資は人生」ではないので、やはり手段なんです。
    「人生設計と投資スタンスはリンク」すべきだと思っていますが、逆にいえば投資で資産形成を大きく増やすことができれば人生そのものも変わるかもしれないとも思う訳で、それが投資の魔力と言えそうですね。

    今の時点で将来歩みたい人生は「この辺かな」と思えるラインがあるなら、それに足りる資産形成をすればいい。
    それよりもっと多くの資産が多くあれば、「もっと、こんなこともできそうだ」と歩みたい人生が広がりを見せるかもしれない。
    だれしも、そんなことを繰り返し繰り返し考えているのではないだろうか。

    その両者のさじ加減をどうするか。いろんな考え方があるようですね。
    そして両者の狭間で心が揺れ動くのです。




    <上昇志向もほどほどに>


    うさみみは今まで同じようなペースで資産形成してきたように感じていて、それは自分たちのペースで自然だと考えてきました。
    最近は、多少無理してきたのかなと思うこともあり、そう感じるのはその分将来の不安が減ってきてると感じているということなのかなと思います。

    ある視点から見れば目標が適正に思えても、見方を変えれば過度であったり、過少であったりします。
    投資もまた「リスクとリターン」の狭間の中で揺れ動きます。
    リターンに着目すると時間を味方にすればするほど未来像はバラ色に染まるし、期待リターンを上げれば、いくらでもバラ色の未来像につなげる事が出来るます。
    しかし、それなりに投資を経験してくると、なかなかそうはいかないことも思い知らされます。(これは1年や2年で経験するようなことではないですが)

    どこかで、自分なりの「とれるリスクに見合うほどほどの期待リターン」というのがあるのだろうと考えるのではないか。
    すると、バラ色の人生設計はどこか崩さざるを得なくなることもある。
    たくさんお金がないと幸せになれないわけでもないし、少なめのお金でも幸せを感じることも可能です。
    なぜなら何が幸せなのかは自分が決めればいいことだから。
    誰かと比べる幸せ度にとらわれるとなかなか「あきらめ=負け」という呪縛から解放されないけれども、「あきらめ=ハードルを下げることで自分が幸せを感じる時間を長くする」という考え方も少しづつ持てるようになれば、これもまた人生の幅を広げるような気がします。




    <目標と人生設計と投資のリンク>


    「将来なりたい自分達を考える人生設計」→「それに必要な資金計画となる目標設定」→「アセットアロケーション(資産配分)」と書いておきながら、フラフラしてるよなと自分でも思います。
    でも全然OKだとも思っているんです。
    進んでいる方向と歩むペースに自分なりに満足できている以上、目標が多少フラフラしようと気になりません。

    人生設計と投資スタンスはリンクすべきだと思うけれども、目標と人生設計と投資スタンスの折り合いを模索するということが、最初の試練なのではないかと思います。
    子どもが一人増えれば当然目標も変わるし、何かのきっかけで考え方が変わってもやはり目標がかわると思います。

    家が大事か、子どもたちの教育費が大事か、老後の生活費が大事かなどいろいろ考えます。
    どれも大事なわけで、じゃあ優先順位は?時間差で処理することができないか?なんて考えるわけです。


    38歳時点でのうさみみ家の目標は、「まず先に子どもを一人前にすること」で、その上で「老後のために60歳1億円を達成すること」でした。
    その前に「持ち家のために住宅ローンと戦い」ましたが、最初にこれに向かったからといって、これが一番大事だというわけではありませんでした。
    どれが一番かといえば、子どもです。
    時間差で処理することが可能だったから家から立ち向かいました。

    投資は、インフレによる円貨価値の目減り分を補うことが最低条件でした。
    同時に、「娘2人を一人前に育てる」のが絶対条件ですから、その点も踏まえたリスク管理を大切に考えていました。
    逆にいえば、家族が安定した生活を送れ、こどもの教育費を安全に確保する分を除いた資産については、リスク許容度の許す限り最大限リスクを取ると考えていました。


    目標については今もほとんど同じです。
    投資に関しては、「家族が安定した生活を送れ、こどもの教育費を安全に確保する分を除いた資産については、リスク許容度の許す限り最大限リスクを取る」と考えていたわけですが、想像以上にうさみみ家のリスク許容度は低かったことで、今では投資スタンスはおとなしめになっています。
    生活防衛資金の考え方が別の機会に。

    これも夫婦の合意形成上の問題が生じたことと、投資に熱くなりすぎていたことと、あと思ったほど心が強くなかったのかなと原因分析をしています。
    「60歳1億円」という目標には届かないかもしれないなと感じることもあります。
    「60歳5000万円」でも充分暮らしていけるんです。
    それでもそれなりにゆとりを持った暮らしは出来そうだという手ごたえも感じることもあります。
    自分なりに考えながら折り合いをつけていければいいなと思っています。
     
     


     
     
    「アセットアロケーション」の見出しへのリンク⇒エントリー一覧(ホームページ)へ

    このエントリーは、2008年9月24日にUPしたものを修正しています。
      
     
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  • テーマ : アセットアロケーション(資産配分)
    ジャンル : 株式・投資・マネー

    夫婦の合意とアセットアロケーション

      
    「いつまでにいくら」とアセットアロケーションでは、35歳から38歳の中で資産形成の最終目標の理由がコロコロと変化してたという記憶を書きました。


    人生設計については、「将来なりたい自分達を考える人生設計」→「それに必要な資金計画となる目標設定」→「アセットアロケーション」という流れでリンクさせています。
    とことん「そこに」こだわっています。
    なぜ「そこに」こだわるのか。
    投資の最大化を目指すばかりに、人生設計の夫婦の合意が崩れ去ったり、合意形成できないなどという本末転倒的な話は、笑い話ではなく現実にあるからです。


    38歳当時はそんなことを考えていました。
    それからの実践の中では、ザクッと言うと「将来過ごしたい生活」→「それに見合う資産形成の目標」→「実践の中でその目標に到達できるか」→「資産形成の目標の修正」→「資産運用方針の検討」→「アセットアロケーション」という感じになります。
    「資産形成の目標」は、「60歳1億円」のままですが、それだけ必要なのかどうかはまだはっきり見えていません。

    感覚的には過大な目標だという気持ちが増えてきました。
    生活コストが高くないのでそれだけいらないのではという気持ちと、「60歳1億円」は60歳定年で退職金をもらうとすれば、概ね「61歳1億円+退職金」と同じ目標になるわけで、退職金がもらえないとか、年金がもらえないという前提の目標なんです。
    実際、投資を始めたころはそう考えるべきだと真剣に思っていたし、その分投資を真剣に勉強しなきゃと思ったもので、なんとか増やしたいという気持ちが強かったんです。

    やってみると投資の方は勉強のかいなくさっぱり…なわけです。
    でも投資が上手くいくような環境であればインフレを心配しなくてはいけないし、景気がいいのであれば年金も退職金もそれなりにはでるはずです。たぶん。
    退職金がもらえないとか、年金がもらえないとか、実際は分からないから見込まないなんてことをやってると、目標が高止まりするだけです。
    それが過大なのであれば、安心度は増すけど、目標を下げてももっとお金を使う方が人生トータルで楽しいと思うようになったんです。
    そういった点が、昔と変わった部分です。


    そういった考え方の変化は、夫婦の場合、ゆっくりになることが多いですよね。
    変化するとしてもじっくり熟成するような感じですか。
    例えば、こっちがもっとお金を使うべきだと考えても、相手がそう思うにはとても時間がかかることが多いです。

    夫婦の考え方の違いは結構あります。
    「どちらかが先走り、どちらかが我慢」って場合もあるし、「どちらも歩み寄っている」という場合もある、「お互い対立したまま」ももちろんあるし、「波長が完璧にあってる」ってことも稀にありますね。


    うさみみが投資をはじめたころによく見ていたサイトの管理人さん。
    資産形成に詳しく投資も成功されていた方がブログを立ち上げたのを知りひさびさにROMしたんですが、そこでは心の病気についてつづられていました。
    推測ではありますが、住宅問題と投資の関係だと思います。
    社宅取り壊しで、投資と住宅所得の間で夫婦の思いがすれ違っています。
    夫婦がすれ違っている本質的な部分にまだ気がついていない‥‥心が痛みました。
    家族が幸せになるためにしているはずの投資が、失敗していないのに関わらず家族を苦しめることがある。そう思いました。
    きっとファイナンシャルリテラシーが高く、まじめな人ほどそうなりがちのように思います。
    ※現在は一部売却され家を購入されたようです。家族がバラバラにならなくてよかった。あとはウツ改善を願っています。 


    これは、38歳当時に書いた文書で、今でもとても心に残っています。
    彼らについてしょっちゅう夫婦で話していました。

    「賃貸vs持ち家」の論争の家庭版です。
    賃貸で今の資産を投資で活用したいという旦那さんと、家が欲しい奥様とのすれ違いが夫婦お互いの不信感までに発展してしまったケースでした。
    こういう論争は、ブログ内でそれぞれの主張を聞いているのと訳が違います。
    「人それぞれだよね」で終わらせられるわけですもんね。

    でも夫婦はそういう訳にはいかないですよね。
    「どちらかの意見を採用するか、譲歩しあうか」なんらかの答えを出さないといけないですもんね。
    見ている視点が違うのに、どちらが正しいなんていったところで、言い負かされた方が不満をためこんでいてはいつか破裂します。

    この旦那さんを見ていていつも思っていたのは、「投資が全てなのだろうか?」、「一体何のために投資をしているのだろうか?」、「他に大切な何かをを忘れてないか?」
    このことは、すべての個人投資家が自問すべきことではないでしょうか。

    資産形成が遠回りであってもそれは悪いことなのか。
    資産形成がスムーズにいくことで何を得られるのか。
    いろんな視点で相手の意見を見つめるしかないのではないでしょうか。

    そうして夫婦協力して1つ1つ目標をクリアしていき、夫婦の絆が深まり成熟していく。
    そうありたいものです。とても難しいことですが…。

    これは個人の見解ですが、投資より「共通したビジョンを持ち着実に歩むこと」の方がはるかに大事だと思います。
    なぜなら「投資は手段にすぎないからです」と同時に誤解を恐れずに言えば「スムーズな資産形成も手段にすぎない」と思います。
    もちろん持ち家を手に入れることは、とてもリスクが高いことでよ~く考えて買わないと恐ろしいです。
    でも、この方は問題ない資産形成をされてきたので、個人的にはそんなにリスクはないと感じていましたので、ちょっと旦那さんに対して厳しい目線で見ていました。


    この話は極端な話かもしれませんが、「夫婦の合意」ってのは難しいこともあるのは事実です。
    うさみみも投資に傾斜しかけたところで妻に引き戻されたような感じで歩んできましたが、これでよかったと思っています。
    夫婦で情報を共有できるように毎月資産評価をしています。
    お互い合意と言えるほど納得しあってないかもしれませんが、アセットアロケーション(資産配分)も妻の合意のもとにやっています。

    お金の使い方については、うさみみの方がもう少し使っていこうという方向に、ようやく妻を引っ張り出せるまでに至りました。
    そうなるまで数年かかったりすますけど、そういうアセットアロケーションって悪くないなと思っています。
     
     


     

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    このエントリーは、2008年9月23日にUPしたものを修正しています。
     
     
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  • テーマ : アセットアロケーション(資産配分)
    ジャンル : 株式・投資・マネー

    「いつまでにいくら」とアセットアロケーション

     
     
    投資を始めた35歳頃に、「60歳1億円」という大目標をかかげました。
    そこから本気で資産形成を目指し始めたのだと記憶しています。

    この「いつまでにいくら」というのはとても大事です。
    よく目標5000万円とか目標1億円などという将来目標を聞きますが、「いつまでに」という視点がなければ具体的に行動目標がつくれないはずなんです。
    もちろん「いくら」だけの目標でもいいと思うのですが、「いつまでに」もあった方がより実現性が高まると考えています。
    とはいえ、「1億円への道のりは厳しいものですが…ちょっと難しい目標の方がモチベーションを維持するのに良いともいいます。



    <いつまでにいくらの根拠>

    35歳時点の「1億円」の根拠
    ・退職金も年金も期待できないから、自力で1億円を貯める。老後を豊かに暮らす見積もりをすれば、1億円という数字がでてくる。 
          ↓
    ・今の生活レベルのキャッシュフローでマネープランをたてると60歳1億円は不可能ではない。
          ↓
    ・1億円あれば年5%で運用した場合、税引き後で400万円のキャッシュフローが得られる。Financial Freedom(支出<運用益)の実現
          ↓
    ・単に、「富裕層」、「億万長者」、「勝ち組」、「ミリオネア」になってみたい
    という感じで変化してきました。



    メインブログで「1億円を目標にする人が多いのはなぜ? 」と問いかけた時にいただいたコメントは、概ねこの4つのどれかでした。
    「勝ち組」という言葉は、自分の中では死語になりつつあります。
    40歳を過ぎると、資産形成の額が高いほどいいという感覚は薄らいできています。
    何を持って「いい人生」と言えるのかは、だれかと比較するものではないという理解をしてきたからです。

    「1億円」の根拠は、老後の生活にそれだけ必要かどうかの検討をしたわけではなく、「1億円」というの心地よい響きが主だったと思います。
    今もまだその呪縛が消えていません。
    インフレ率を補正後での「60歳1億円」という目標は、過大というか、そこまで必要がないがないとも考え始めています。
    また「60歳1億円」の実現性を考えると難しいかもしれませんし、いけるかもしれないと半々です。

    35歳当時は、国際分散長期投資をしていれば税引き期待リターンくらいは順調に増えていくものと思っていたので、軽く考えていたんだと思います。
    「1億円あれば年5%で運用した場合」という表現がそれを表しています。
    正直に言って、どんな投資をしたとしても期待通りの結果になるわけではないと今は思っています。
    投資は意味はないという意味ではなく、投資成果が期待通りにならない可能性が、うさみみ自身を見つめた時に結構あると感じているからです。


    ・人生資金計画をたてた「35歳時点の1億円」と同等の価値を目標に設定しようと思います。
    ・つまり物価が上昇すればその分1億円より目標額が増えるという意味です。
    ・とにかく、インフレに負けないような資産運用をしていかないといけませんね


    インフレの動向がとても大切になります。
    1億円と言っても、物価水準が変われば価値も変わります。


      image002.gif


    物価の変動の指標はコアCPIを観察しています。
    うさみみが35歳の2005年のコアCPIは100です。
    2009年は100.3で2010年は100を割り込むようです。
    30年後のコアCPIはどうなっているかわかりませんが、30年前のコアCPIは82.6でした。

    資産形成では利回り○%で運用というような計画をたてる人が多いですが、実際は物価の上昇率を割り引かなければ、現在の円貨幣価値との比較はできません。
    35歳当時は年5%の運用も可能だと考えていたわけですが、必ずしもそうはいかないこともあるはずです。
    年5%の運用利回りを得るためのアセットアロケーションというのは、資産の7割方を投資資産にしておく必要が生じます。
    35歳当時はそう考えていました。
    今はそれだけ投資に回すことはしていません。
    なんとかインフレを上回る位のアセットアロケーションを目指しています。






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    このエントリーは、2008年9月21日にUPしたものを修正しています。
     
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  • テーマ : アセットアロケーション(資産配分)
    ジャンル : 株式・投資・マネー

    子どもへのお年玉とプレゼント

     
    子どもの幼少期は、もらったお年玉の取り扱いについていろいろ悩みました。
    おこづかいをあげる小学生になった段階で、お年玉は子どもたちに全部渡すようにしました。
    お年玉は子どもにとって数万円ものビックな収入です。
    しかも労働の対価ではなく、風習があるからもらえるものです。

    実はうさみみ夫婦は、子どもにお年玉をあげていません。
    ちょっとかわいそうな気がしますが、何故かそうなりました。
    カミングアウトすると、クリスマスプレゼントや子どもの日にプレゼントはあげていません。
    世間一般の常識からするとかけ離れているかもしれません。
    合理的な理由ではなく、作られた風習が好きではないという感情が主な理由です。

    子どものお誕生日にはプレゼントを買ってあげています。
    最近は、誕生日時点で欲しいものがないということで、現金でくれと言われましたが、それはダメということで○千円の権利をプールすることを約束させられました。
    欲しいものがないのに無理に買うこともないので、その提案に同意しました。

    クリスマスプレゼントなどを与えないことでちょっと変な子どもにしてしまったのかもしれません。
    でも買ってもらえるから無理にでも欲しいものを探すより、絶対健全だと思えたので、悪いことではないと思いました。
    悪影響があるとすれば、子どもたちは甘え下手だということでしょうか。
    というより「言っても無駄だ」と思っているのかもしれません。
    そんな感じなので、福袋を買ってあげるというだけでかなり喜んでいました。
    まあ、我が家はそんな感じでいいんじゃないと考えるようにしています。

    お年玉は子どもに全部与えています。
    欲しいものを買うだけのお金は持たせているはずです。
    身銭を切ってまで買いたいものと、タダでもらえるから欲しいものは異なると、娘達は考えているようです。

    そこを意識しているからこそ、お年玉をもらったらすぐに何かを買いに行くことがないようです。
    お年玉セールで安く買えるから買うというのはありでしょうが、欲しいものも安くなるまで待つとかも普通にやってます。びっくりするほどしっかりしてます。
    もっとお金を使えばいいのにと思うくらいです。





    <風習とイベント>


    「風習に否定的なのはどうなの?」と思った人がおられると思いますが、あくまで業界に作られた風習があまり好きではないと思っているだけです。
    クリスマスを祝うのはクリスチャンであれば自然だと思うし、祝うこと自体は素敵なことで、ケーキを買ってお祝いをしたりします。
    2010年のクリスマスは、ケーキのスポンジだけを買って子どもたちが作る予定だったみたいだけど、なんかいそがいくて正月になってもスポンジが残ったままです。

    こどもたちにプレゼントをあげて家族のイベントとして楽しむことは素敵なことだと思います。
    ただクリスマスプレゼントとかはおもちゃ業界におどらされている気がして好きではないというだけです。
    家族として、何をお祝いし、祝福し、イベントとするのかはホント自由にすればいいと思うんです。
    でも惰性でするのなら、別にいいやんと思うだけ。
    子どもの日だから何かを買ってもらえるってのもクリスマスとおんなじ気持ちです。

    お年玉については、親として子どもにあげるべきだと思いつつも何故か渡さない流れになっているので、ちょっと引け目を感じています。
    いろいろ総合して親としてはキツイ方だろうなと思うのです。
    それに子どもの日が特別でないなら、母の日も、父の日も、敬老の日も、勤労感謝の日も同じということですから、そういう節目を大切にしていないということで、それがいいのかどうかは正直自信はありません。
    この点は、子どもには大きな影響があるかもしれないですね。





    <こどもがもらうもの>


    子どもがもらうお年玉やプレゼントについては、小学1年生くらいまでは管理しようとしていましたが、おこづかい帳がつけられる段階では、親としては管理していません。
    管理しようとしても、いつか管理できなくなりますから、子どもたちにまかせる方がいいと思いました。
    友達を通じて他の家庭の価値観にも影響を受けるはずです。それを排除することはできません。

    おじいさんやおばあさん、親戚の好意に制限を加えるのも気が進まないですし、そういう特別な時も必要だと思います。
    「特別な日」と「日常」は別であるというのは、大人になってもあることです。
    その「分別が大切」だと思うんです。
    ですので、子どもにとって「特別な日」もまた大切なんですね。
    うさみみ家では核家族なので「特別な日」は解りやすいですが、同居されているところは難しそうですね。

    お年玉をもらったらすぐに使ってしまう子どもも多いみたいです。
    きっと欲しいものがたくさんあるんでしょうね。
    うちの子はすぐに買うことはないようです。
    欲しいものがないわけではないでしょうがたくさんはないようですし、買うのなら時期を待って買っているようです。

    どちらがいいとは言えません。
    もう少しお金を使ってもいいやんと思いつつも、ぼくたち親もお金を使うのが下手というか物欲が薄いというか、似たもの親子なんだなと思います。背中を見て育つというか。

    給料が入る前はピーピーで給料が入ったらおかずが良くなるなんて話をよく聞きますが、これを子どもが見ているとお金が入るまで我慢して入れば使うってことを学ぶかもしれません。
    臨時収入が入ったから欲しいものを買うという話もたまに聞きますが、これを子どもが見ているとお年玉が入れば欲しいものを買うってことを学ぶかもしれません。

    親のお金の使い方がシビアすぎて反対に子どもが浪費するなんてこともありうりわけですが、基本的には親のお金に対する姿勢は子どもに伝わるものではないかなと思っています。
    うさみみ家では、給料日はまったく特別な日である感じではありません。
    給料日にATMに並ぶこともないし、妻も今日が給料日だと言わないと気付かない方が多いです。

    これはお金があるかどうかではなく、お金の管理方法の違うだけです。
    毎月使い金額は同じでも、フローから使うか、ストックから使うかの違いなんです。
    うさみみ家の場合、毎月の給料というフローから生活費を出すという感覚ではなく、家の資産(ストック)から生活費を出すという感覚で、つまるところフローがストックに入ってから使うだけということです。

    だからお給料日はただフローからストックに蓄積されるという形になっています。
    うちの娘たちもどちらか言えばそれに近いお金の管理をしている気がします。
    子どもは親を自然に真似るのかもしれません。

    ひょっとすると「お金を使わずに貯めて偉いね」と言ったことが影響しているかもしれません。
    これが、「お金を使う=悪、お金をためる=善」という偏った考え方を持った可能性もあります。
    お金は使うためにあるもので、どのように使うかが大切で、そこをいかに教えていくかもまた難しいですね。





    <お金の器を育てる>


    人には「お金の器」があって、それは成長していくものではないかと考えています。
    よく宝くじの高額当選者が人生を狂わすという話を耳にします。
    高額当選者の心得みたいなものをもらうらしいです。

    こどもに大きなお金を管理させるのは大丈夫なのかという心配もこの「お金の器」の心配と言えると思います。
    千円が大金の思えたのは何歳くらいまででしょうか。
    千円ではなんでも好きなものは買えないことを知ったのは何歳だったでしょうか。

    1万円は大人にとってもそれなりの大金ですが、子どもはどう思っているのでしょうか。
    子どもの成長に伴い欲しいものの金額が上がってきます。
    1万円でかなりのものが買えても、やはり買えないものがあります。

    千円を貯金していき、1万円にすることで、きっとお金の器は大きくなるんだと思います。
    千円の貯金を頑張っている子どもに、百万円をいきなり与えると欲しいものがいくらでも買えてしまいますし、買ってもちょっとしか減らないわけですから、これまでの感覚がマヒしてしまいます。
    宝くじの高額当選者が人生を狂わすという話もメカニズムは同じではないかと思います。
    「お金の器」が子どもより大きいはずの大人でさえ、お金に関しての知識も豊富なはずの大人でさえそうなのです。
    この感覚のマヒが「お金の器」が壊れるということではないかと思うんです。

    現在の娘のお金の器はどのくらいなのか。
    ちょうどお年玉の総額となる数万円のフローがあっても、彼女たちの生活は変わる感じがありません。
    数十万円の貯蓄(ストック)があるようですが、それだけのお金を持たしても親としてはやばいと感じることはありません。

    うさみみが子どもの時は、娘たちほど貯めてはいませんでしたが、同水準のお金を子どもの頃に扱っていたので、やばいとは感じないんでしょう。
    でもいきなり数十万円を渡すとどうなるかはわかりません。
    つまり社会人のような給料レベルのフローになると一体どうなってしまうんだろうね。

    社会人になる前では、アルバイトをすると50万とか100万円のストックになることがあります。
    うさみみにとっては大学時代でした。
    高校生くらいからは親の管理外になるはずで、そこから先は娘が自分で自分のお金の器を育てていくしかないんですよね。

    うさみみは大学時代ひと夏のバイトで50万円稼ぎ、すぐに新車のバイクに消えました。
    中古でバイクを買った友人と比べていい買い物だったかどうかは「×」だったと今では思います。
    欲しいものがあって貯めて買ったというより、50万円ポンと稼いだので新車が買えると短絡的な買い物になったと思います。
    結局2年しか乗らず、車に買い替えました。
    卒業まで乗ったとしても4年しか乗らないのに、一気に50万も使ったというのは心のどこかにひっかかっていました。
    この時、当時のお金の器のギリギリの攻防だったんだと思います。

    2回生の終わりに買った車は20万円もしない中古車でした。
    でもさんざん乗りまわしたので、十分元を取れたと思います。
    どこまでお金をかけるかをちょっとは考えたからこそ、後悔がない買い物だったんだと思います。
    こうした経験は、社会人になった時にも影響を及ぼしていくんでしょうね。

    子どもの「お金の器」もフローの量とストックの量とそれを得た背景によって影響があるのだと思います。
    そうした「お金の器」という自作の概念を持って、娘を観察しています。
    フローの変化、ストックの変化に娘たちがどう反応していくのか静かに見守っています。





     
     
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  • テーマ : 子育て・教育
    ジャンル : 学校・教育

    ぷち贅沢な袋ラーメン 「藤原製麺 本場北海道ラーメンシリーズ」(送料無料、通販)


    ちょっとこだわりのある袋入りラーメン(即席中華めん)を食べてみました。
    今回は、北海道旭川市にある、藤原製麺の「本場北海道(味噌ラーメン)」と「本場北海道(塩とんこつ)」を買いました。

    買ってみようとおもったのは「低温熟成乾燥製法」ってどんなのだろと思ったから。
    低温熟成乾燥製法とは、油であげず「生麺」を3日間かけて熟成をとりながら乾燥させた麺ということらしい。
    ということはカロリーが低いかもと思ったので。

    一般的な袋めん1個あたり約450kcalに対し、「本場北海道(味噌ラーメン)」は382kcalです。
    ノンフライなのでやはりカロリーは少ないようです。

    本場北海道(塩とんこつ)の成分表示/1食あたり
    エネルギー  364kcal
    たん白質   10.9g
    脂質       6.3g
    炭水化物   64.5g
    ナトリウム  3,090mg 


       ram1.jpg

    スープは液状でした。
    お湯の分量が少ないと濃くなってしまいます。

       ram2.jpg

    麺は、生麺とはいかないまでもかなり質感が高いと思いました。
    ややかた(やや硬め)が好きなので、生麺タイプよりいいかもしれません。
    生麺タイプよりはるかに日持ちがしますし、そもそもたまに食べたくなる時に、「家で手軽においしいラーメンを食べる」のが趣旨なものですから。

    藤原製麺は製麺屋さんなんですね。マイナーですがいい製品だと思います。
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    子どものおこづかいはいくら?


    みなさんは子どもにどのくらいの「おこづかい」をあげていますか?
    子どもにおこづかい帳をつけさせていますか?

    子どもにいくらおこづかいをあげるのかはみなさん悩んでおられますよね。
    うさみみ家では、結果的にうさみみの子どもの頃と同じ形になりました。
    何故かと言われると、妻も似たようなおこづかいだったのとわかりやすさで決めました。

    決めましたと書きましたが、実際は決めていません。
    子どもと相談しながら結果的にそうなったというか、そうしむけたというか。
    親として何を子どもたちに何を伝えたいかによって、おこづかいの形が変わってくるかもしれませんね。




    <おこづかいの形>


    おこづかいの形を区分してみるとこの3つになりますよね。

    ■定額制:毎月(毎週、毎日)決まった金額をおこづかいとして渡す。
    ■報酬制:お手伝いや軽労働など働いた分に応じておこづかいを渡す。
    ■混合型:定額制と報酬制の両方

    うさみみ家では小学校低学年までは、簡単なお手伝いを義務にして定額制でおこづかいを渡していました。
    こどもが小さいうちはある程度やるんですけど、知恵が付いてくるとやってもやらなくてもおこづかいの金額が同じなのに気がついてくるんです。
    そうなると普通やらないですよね。

    「サボった分だけおこづかいを減らす」などとやらせようと努力するんだけど、お手伝いをさせるためにおこづかいを渡しているという気持ちではないので、親の根気の方が負けるんですよね…。
    定額制である以上、報酬制のように労働の対価として運用するのは最終的に上手くいかないんですね。
    それともそれはうちだけですかね?

    定額制にする親の想いはどこにあるのか。
    貯金したり計画的に遣うなど「お金を管理することを学んでほしい」ということではないでしょうか。

    ほしいものがあった時、すぐに買ってくれとせがむのではなく、貯金して買うことを覚えてほしいと思います。
    計画的にお金を使ってほしいわけですよね。
    定額制は、家族であるということで一定の額が与えられる(当然家族としてすべきことをしなければいけない)わけなので、計画的にお金を管理するにはわかりやすい方法ですよね。
    その定額制の形で「お金は労働の対価としてもらえる」ということを学んでほしかったのですが無理があったのかも。

    定額制のデメリットは、別にお手伝いをしなくてももらえるということでしょうか。
    お手伝いが楽しいうちは問題ありませんが、いつか忙しいを理由にお手伝いをしなくなります。
    やらなかった分おこづかい減らすとしても、消耗戦みたいになります。
    家族の義務を強制させることに意義があるのか、もっと自然に家族としてすべきことをしてほしいわけです。
    教科書では「おこづかい=家族としての手伝い」と書かれているのをよく見かけますけど、子どもの成長とともに無理がでてくるのではと思うんです。

    いつの間にかなし崩しになりました。親としてはダメですかね…。
    お手伝いはその都度言います。おこづかいとは別で考えていこうと思いました。
    そこで報酬制も取り入れました。
    「労働の対価としてのお金」というのも1つの概念として学んでほしいんですよね。
    幸いなことに定額制おこづかいの金額は低いなと思っていたので、ちょうどいいかと思いました。

    ちょうど足つぼに凝っていたので「足つぼ押し」をさせました。
    あとは、「美顔器」とか「年賀状の干支の絵書き」などかな。
    最近は、「畑仕事」ですね。
    これは報酬がいいのです。下の娘だと1カ月分のおこづかい位になるレベルです。
    時給でいうと300円~400円くらいになります。

    もちろん始めたころはもっと少ない給料でした。
    今では指示をするだけで(内容によっては指示なくても)仕事をしてくれますから、そういう評価も伝えながら給料を上げるなど娘達と相談して決めています。
    こういうやり取りが大切なんですね。
    それに仕事としてみても実際すごく役に立つレベルになっています。子どもの成長を感じます。誇らしいです。

    報酬制は度が過ぎるとなんでもお金に換えたり、家族としてのお手伝いをしなくなる恐れもあります。
    ですのでこちらのニーズがありやってくれると確かに助かることだけにしています。
    無理やり仕事を作るのはかえってよくない気がします。

    ということでうさみみ家では、定額制で始まり、混合型に至るという流れでした。




    <子どものおこづかいはいくら?>


    子どもにおこづかい(定額制)をいくら与えるかというのは、おこづかいで何をまかなわせようと親が考えているかによると思うんです。
    どの費用までは親がだしてあげて、ここから先はおこづかいでまかなわせるという境目を子どもに理解させることが必要ですよね。

    うさみみ家では、おやつや学用品などはすべて親持ちです。月1冊の雑誌も親持ちです。
    お年玉はすべて子どもに渡します。親が強制的に預かって貯金してあげるなんてしません。
    貯金するかどうかは子どもの判断です。
    お年玉は、おこづかいが意味がないほどに大きな金額レベルになるわけですが、子どもがもらったものを親が管理するのは、子どもが学ぶ機会を失わせる(もちろん幼少期はそうではない)ようにも思います。
    最初は心配はしていましたが、今のところお金の管理ができているようです。

    ■小学生:(定額制)学年×100円

    小学生の間は「学年×100円」というおこづかいとしています。
    みみ姫が2年生になった時に、金額UPをすぐには言ってこなかったので、放置していました。
    おこづかいUPにも交渉が必要だと思ったのです。

    親を説得できるような理屈を考えてもらわないとUPすべきではないと思ったんです。
    ちょっとした誘導したことが功を奏し、数ヵ月後に「2年生になったからおこづかいあげて」と提案してきました。
    今でも交渉してこないとおこづかいUPはしていません。
    学年があがったら自動的におこづかいを上げるとしてしまうと、大切なコミュニケーションの機会を失います。
    結果が同じであっても、大切なことを使える機会を大切にすべきであると思うんです。

    ■中学生:(定額制)学年×1000円+(部活交際費)1000円

    みみ姫が中学生になった時、おこづかいをどうしようかという話の中で、小学生時の流れだと700円ということにもなるわけですが、中学生と小学生と別物だと思います。
    中学生からは本格的に部活動が始まりますし、友人との本格的なつきあいが始まってきます。

    そうしたことを考えるとそれなりの金額にしておかないといけないと思いました。
    とはいえ、いくらが妥当なのかはよくわかりません。
    それは娘の様子を見ながら親として娘にも理解できる理由を持って判断していくしかありません。




    <他人は関係ない>


    おこづかいが「学年×100円」というのは、おそらく少ない部類に入ると思います。
    娘も「友達はもっとたくさんもらっている」という交渉をしてきましたが、他人がどうかという比較論は受け入れませんでした。
    おこづかいをUPするのなら、「自分でおやつを買いなさい」と返したりと要するに他人は他人なんです。
    厳しいとは思いますが、他人との比較「だけ」で来た場合は絶対に譲りません。

    大きなお金を持たしたら危ないと思ってるのではないんです。
    実際、お年玉は全部渡しています。
    報酬制おこづかいも別にあるわけですし、我が家には我が家のルールがあるということを理解してほしいんです。
    そのルールは話し合いにより変更は可能であるわけです。
    更にそれには他の家がどうだということは影響しないということを親がブレないことを大切にしています。

    うさみみの感覚では、定額制おこづかいは「交際費」のイメージです。
    それが妥当なのかどうかは、子どもを見て考えるということです。




    <おこづかい帳>


    おこづかい帳については、小学校低学年では義務としてつけさせました。
    おこづかい帳と残高が合わなければ、おこづかいをあげないようにしました。
    最初は、計算間違いとか付け忘れとかで合わないこともしばしばありました。
    そういう時は、根気強くしかも優しく諭します。

    家計簿をつけてない夫婦が子どもにはおこづかい帳をつけさせるというのは矛盾しているかもしれませんが、おこづかい帳はお金を管理させるというイメージに合致しているのでやらせました。
    おこづかい帳をチェックしたのは最初の半年くらいだけです。
    今は義務ではありませんが、付け続けているようです。

    おこづかい帳には、うさ姫が小学校低学年の時に、とんでもないエピソードがあります。
    うそのような本当の話です。

    あまり付き合いのなかった友達が遊びに来た時の話ですが、うさ姫の財布から5千円がなくなったという事件がありました。
    ビービー泣いているうさ姫。姉のみみ姫も知らない。友達も知らないと言います。

    でもうさ姫がちゃんとおこづかい帳をつけていたことから、5千円が盗まれたことが証明できたのです。
    実はその友達が盗んでいたんです。
    妻が全員の行動を問いただす中で、不自然な行動としてその友人が「財布を見せて」という流れがあったのです。
    もともと友達といえるのか定かではない子だったので、我が家にあがり込む時点で怪しかったわけですが…。
    問いただすとその子が5千円を持っていました。
    (お金には名前が書いていないので、よく妻がその子に白状させたなと感心しましたが…)
    おこづかい帳という記録が威力を発揮したんですね。

    そんなこともあって、おこづかい帳をつけてお金を管理することの重要性は娘達に伝わったはずだ思います。
    ある程度子どもが大きくなれば、どうお金を管理するかは自己責任だと思います。
    自分で好きな方法で管理すればいいと思います。
    親は静かに見守るだけです。





    <一貫した姿勢で>


    お金のことを子どもに教えるには、おこづかいはとてもいい機会となります。
    自然な流れでそうした機会をとらえることもとても大切なんです。
    そこで大事なのは、親として何を伝えたいかという思いが基本となるということです。
    その想いによってやり方も金額も変わってくると思います。

    その想いと金額のバランスは一貫してゆるがない姿勢が大切だと思うんです。
    親の気まぐれでお金を渡すなんてことはありません。
    妻と必ず相談しますから、気まぐれなんてありません。屁理屈であっても理由が必要になります。

    子どもが何かにお金を使った時は、何に使ったか聞くことはあっても、使い方にはできるだけ口を出さないように心がけています。(実際はちょこっと口出ししてしまいますが…)
    聞かれればアドバイスをします。
    お金の使い方が親から見て失敗だと感じたとしても、それは子どもにとって学ぶ機会となります。
    子ども自身が失敗したなと感じて自分で考えることが大切です。
    子どものうちだからこそ失敗しても親がフォローができるんだと思います。

    貯金ばかりしていると「ちょっとは使え」と言ったりします。「お金は使うためにある」なんてね。
    そういえば貯金しなさいって最近、言ってないな。
    むしろ「使え」と言っているな。

    先ほど「お金が盗まれた」という話をしましたが、「友達に貸したお金が返ってこない」とか「お金を落としてしまった」なんてトラブルもありえます。
    でもそうしたトラブルは、親としては子どもに何かを伝える絶好のチャンスなんですね。

    今後の最大の課題は「携帯電話」ですね。頭が痛いです。





     
     
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