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子どもの心を開く言葉(こどもの心の問題、ケア)

   
タイトルに惹かれて、「子どもの心を開く大切な言葉(著者:浜文子)」を読みました。

非常に読みやすく、いろいろ考えさせられました。
大切だなと思った言葉をピックアップしていきます。

子どもに自分の思いを訴えられたとき、大人は何よりも年長者の務めとして、その話に関心を持つことだと思います。それは子どもが何歳になっても大人が忘れてはいけないポイントです。(中略)子どもの小さな自尊心、人としての誇りをペシャンコにする大人とは、子どもの話を上の空で聞き、生返事をし、子どもの方に顔を向けずにその場をやり過ごす大人です。


以前は、子どもの話を生返事で聞いていた時期がありました。
まだまだ親が話しかけても聞いてくれた時期でした。
少しづつ子どもが自分の世界を作り出すと、だんだんと親の話をうっとおしがってきます。
「うっとゥしいねん」と言いつつ、それでも時々話しかけてくる娘たち。

こちらから声を書ければかわされるけど、娘が話しかけてくる時に耳を傾けるということが大切というか、これしかないという風に思いました。
娘が話しかけてくる時にちゃんと聞く為には、「ちゃんと受けとめる」と意識していないといけません。
大変だけど、大事な事だと思っています。


昔、一つの制約習慣として、普通にどこの家にでもあった親子の光景をピンセットで1つ1つつまみ出すようにしては、そのことについて分析し、批評し、判断し、その上でその光景が正しいか正しくないかを査定する傾向が、世の中の視点として、いつも母親の背に張り付いています。


なにもかもが方法論で語られがちな時代になっています。
子育ても「よい子育ての方法」そして「正しい子育て」についてみんなが神経質に気にしています。
何が正しいのか戸惑い続けるという実際ありがちな光景だと感じる一方で、それは表には出てこないことでもあります。

「あなたは子育てが楽しめているかい?」
この問いの答えで、これらの呪縛にどの程度縛られているかが測れるような気がします。


子どもは十歳の自分には本当に環境に似合った「その家の子」になっているものです。(中略)生活習慣やモノの考え方を、子どもは「暮らしを通じて」身につけるようになるのです。その「我が家流」が子どもに伝わっていることは育児の要なのだと私は信じています。特に、マスメディアが「時代の精神」「現代の価値観」「今時の風潮」をこれでもかというように今に吹き込む昨今では、「我が家流」をよほどしっかりした信念でもっていないと自分を見失います。


これは子育てだけではなく、ほとんどの事に通じる事ですね。
勉強するという意味が教えてもらうということから抜け出せない人は、何が正しいかをさまよい続けることになります。
勉強するのはそれだけではなく、「自分で考える」ということが大切です。

まあ、たくさん失敗しちゃいますけどね。
失敗したとしても、親が自分で考えて惑わずに右往左往しないということは、これからの時代、子どもにとってとても大切な気がします。


お母さんが育児に不安を抱えたり、自信喪失する原因のほとんどが、「自分の心が自分にささやく未来への否定的な予想、想像に自分自身が縛られていくこと」によるものだからです。


「育児に不安」もありますが、お母さん自身が社会から孤立していくのではないかなどの「自分の未来に不安」も同時に感じることになります。
まわりに相談する人がいない場合は、ツレが受け止めてくれなければかなり深刻になります。


多くの育児書、子育ての方法論がある中で、私がお母さん方に一番気が付いてほしいのは、「これほどいろんな人がいろいろな立場で書いているということは、これが正義、これがパーフェクト!という考え方は無いのだ」という人間の生き方の真理です。


これもいろんなことに通じる事ですね。
方法論を暗記してもそれで子育てにはならないんですよね。

それでもどうしても「どうあるべきか」「どうしたらいいか」を模索するのが親なんですよね。
幼少期子育てを終えた身としては、それもまた忘れてはいけないことだと思うんです。
方法論ではなく、「自分の想い」という部分にスポットを当てあげてほしいです。


マニュアルによらない、親のホンネから出た言葉には必然的に親の生きる哲学とか生き方の方法論、物事の受けとめ方の基本、そして人生観、物事への価値観などが、いろいろちりばめられていますから、親のやっていることと言っていることの間に矛盾が生じません。


言葉でこれだけのことが娘たちに伝わるのだとしたら、ほんとすごいしこわいですね。
子どもが中学生になると、子どもは本当に親を見ていることを実感します。
中学生、高校生になれば、多少は親への依存が抜けていませんが、ほぼ親と対等といえますので、親野することに矛盾を感じればぶつけてきます。
いい事ばかりのカッコつけた子育てでは、簡単に見透かされてしまいますので、小学生までの子育ても親の本音でぶつかっていくべきだと感じました。


非行少年、非行少女達に会うと(中略)十回悪い事をしても、途中であきらめて放り出さないで、十回本気で叱ってくれる大人がほしかったと言います。一見甘えた話のようではあるのですが、子どもは自分をギリギリまで追い込んで、ズタズタな心で「それでも自分を気にしてくれる人」を求めています。


幸いまだ非行といわれる状態を経験していませんが、周りには実にいろんな子どもがいます。
叱る事は得意ではないです。
叱らないと、怒らないといけないと思う時は、手を抜かずに叱ることが大切なんですね。
意識していきたいと思います。


それほど、子どもを叱り導くのは手を抜けない仕事です。イタイラにまかせて叱ると、つい現象面で「叱りっぱなし」になり、その奥にある「本当に言いたかったことは何なのか」を叱られた本人も、叱った側もさっぱりわからなくなったりします。叱る時はどんなに感情がまさってしまっても、親としてかならず「物の道理」を説く心を失わないことです。その心を持つか持たないかで、叱られる側の心に残るものが変わってきます。


感情的になって何に対して叱っているのか分からなくなるということも時々あります。
伝わったことを確認しようとくどくどしつこくなってしまって、何も伝わらずわだかまりだけが残ることもしばしばです。
中学生にもなればそうそう素直には聞きません。
きっと伝わっているはずなんですが、親としては伝わったことを確認したくてついついやってしまうんですね。

子どもが小さいうちは「子どもを叱る自分」で自己嫌悪に陥ったこともありました。
「子どもに何を伝えたいか」を常に意識して持っていないと、いざ叱る時にでてこないように思います。


「自立」を「自問、自答、自己決定できること」 心の中で自らを内省できる萌芽を十代の入口あたりでしっかり持っている子は、自問し自答する習慣も持ち合わせています。(中略)「自分」になるために「他人」と分け合った時間や言葉をたくさん持った子が「自立」に近づいて行くのです。これが本当の自立です。(中略)子どもが「自己決定」できる年齢になるまでは、たくさんの時間が必要だということを知ってください。


こどもが「自立」できるようにするのが親の役目だと考えています。
親が自問する状況ですので、何を伝えられるのかわからないわけですが、娘もすこしづつ自問していくのでしょうね。

これは簡単なことではありません。
娘の成長とともにある部分では、娘との距離は微妙に遠くなって行っています。
それに、自分のことを自分で考えて解決していくことには、やはり時間がかかります。

小学校高学年からは、「親が完璧でないこと」を知り始めます。
中学生になれば、その場で親の言うことを素直に聞くことも減ってきます。
会話が成立するということも今後減っていくかもしれません。
数少ない機会となっていくのであれば、その時を捉えるアンテナは持っていないといけないことを常に意識しておきたいです。


我が家では既に子育ての後半戦に入っていますが、完璧な親とは程遠いです。
中学生、高校生になれば、親が干渉するケースも極端に減ってきます。
さみしいことにこれからどんどん減ってくるのだと思いますが、やはり子どもは親にどこかで依存していることも知っています。
子どもが親から少しづつ離れれて行けば、親はその分、自分の未来を考えていけばいいと思います。

ツレはこのブログが将来の子どもたちに役立てばいいという想いで書いていると言っています。
言葉で伝えるだけではなく、ブログという形で伝えることができるのかどうかわかりませんけど、親だからこそ伝えられることがあって、でも子どもが自分で考えなければいけないわけですから、「教えてやる」ではないんですね。

   



[あり]
  
このエントリーは、2010年6月11日にUPしたエントリーを修正・追記(中学生版)しています。

「子育て」の見出しへのリンク⇒エントリー一覧(ホームページ)へ
  
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    叱るのは難しい

    オークは二人の娘を叱った記憶がありません。

    大学生の長女は反抗期らしき時期がありませんでした。素直で親の言う事を良く聞き、自分の考えを素直に話します。ただ「整理整頓」が全然出来ません。叱りはしませんが小言が多くなります。生返事で「ハイハイ」と答えますが、なかなか行動に移れません。「整理整頓の方法が分からない」と言い訳します。

    高校生の次女は反抗期の真っ只中です。長女とは正反対の性格で
    自己主張が強く、頑固、オークが注意をする(叱るではない)と食ってかかってきます。理詰めで注意すると泣き出し口を噤み無視されます。自己管理が出来ていて自分で勉強スケジュールを作り実践します。整理整頓が出来ています。

    子供は親の背中を見て育つと言います。どちらの娘もオークと妻の子供だな~と、つくづく思います。両親の長所と短所をキッチリ引き継いでいます。

    これからも、娘に見られても恥ずかしくないように、夫婦仲良く暮して行きたいものです。

    オークさんへ

    長女と次女は性格が違いますね。
    というより、同じ性格なんてあるはずがないですよね。


    >子供は親の背中を見て育つと言います。どちらの娘もオークと妻の子供だな~と、つくづく思います。両親の長所と短所をキッチリ引き継いでいます。

    子は親を映す鏡だとよく言われますが、実感として確かだと思いますよね。
    やはり、親の影響は絶大なのですね。
    娘をみてわがふり直さないといけないと思う事があります。
    そうした姿勢もまた、子どもにとっての刺激になるのかなと思います。


    叱るに関しては、よくわかりません。
    叱る時は、感情的にはならないように本気でやるだけです。
    その場で屈服させる必要はないと思っているので、できるだけあっさりと行きます。

    妻がしぶとい叱り方をするので、うさみみは違う感じでいくことを意識しています。

    叱ろうが注意しようが、根本は同じではないでしょうか。
    両者の違いがいまいちよくわかりません。
    伝えるべき想いがそこにあって、それを伝えるのに、叱るか注意のどちらかにしているだけなのです。
    プロフィール

    あり&うさみみ

    Author:あり&うさみみ
    40歳代です。

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