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    切に生きる(瀬戸内寂聴)感動する喜び 愛する幸せ 生きる愉しさ

     
    瀬戸内寂聴さんの著書「切に生きる」を読みました。
    瀬戸内寂聴といえばテレビでおなじみなので私も知っています。
    尼さんでありながら小説家でもありますよね。

    この「切に生きる」は、瀬戸内寂聴さんの数多くの著作の中から、表題「切に生きる」の思いを伝える珠玉の文章を抜粋し、編んだ一冊なんだそうです。
    副題は、「感動する喜び」、「愛する幸せ」、「生きる愉しさ」ということで、人生の先輩の言葉として自分の生き方を改めて考えるきっかけにできればいいなと思います。

    【切に生きるの8章】
    一、生きるちから
    二、ほんとうの愛
    三、へこたれない極意
    四、見えないものを見る
    五、絶望という名の希望
    六、日々に尽くす
    七、具わっている才能
    八、誰もが見出せるはず



    娘がこの本を見た時に、「なんでこんなに文字が大きいの?」と疑問を感じたようです。
    何でも疑問に思う事はいいことですね。
    たぶん、読者層がアラフォー世代より上の高齢者がターゲットだからなんでしょうね。

    「切に生きる」にはたくさんの言葉があり、すべての言葉が心に響いてくるわけではありませんでしたが、結構いろいろ考えさせられました。
    またいい感じで年をとっていけたら、別の言葉が心にしみるんだろうなと感じました。

    【豊かな生より】
    これからまだ何年生きるかしれないが、私はそれを余生だと思っている。
    余生ということばもまた人の誤解し易いことばだが、私は老人になって活力のなくなったという解釈はとらない。
    余生は文字通り余った生なのであるから、いつ死んでも悔いがないようにその日その日を十二分に充実させて生きることこそ余生の意味があると思う。



    40代に入った時、「ああ人生も半分過ぎたんだ」と思いました。
    余生という言葉にはまだ実感がこもりません。
    今は「いつ死んでも悔いがないように」というところを50代、60代になっても悔いが残らないように40代を過ごしたいと思いました。

    【幸福が訪れる場所より】
    やはり幸せになろうと努力することですね。幸福というのは怠け者のところにはきません。

    愛するほうが幸せです。愛されても、こちらがその人を愛せなかったらどうしようもない。愛されてもそういうことはあるでしょう。好きになってくるのは全部嫌いな人ということもあります。やはり愛することが幸せなんです。

    仕事の中や目標や、目的が生まれる。そこですることが、他の人を幸福にすることにつながる。私は、それが働くということだと思います。



    幸せになるには、幸せになりたいと努力する必要があると私も思います。
    幸せは怠け者のところにはこないというか、だれかからもらうようなものでもないのかなと思います。
    幸せも自分の感じ方次第なのかなと思います。

    【老い上手の極意より】
    今時の若いものはなどと言いだしたら、自分がモーロクしはじめたと思うべきだろう。
    やはりそれぞれの世代の考え方に大きな差があること、感性のちがいがあることを前提として、向き合わなければならない。



    「今時の若い人は」と口には出さなくても、頭の中で考えることがあります。
    私もモーロクしてきた証拠ですね。

    【愛の名に値する愛】
    私には愛するということは、生活するとういうことにつながっているとしか考えられない。
    共に一つ部屋に、あるいは一つ家に暮らすということは、どうにもかくしようのない互いのあらや、欠点を、示しあわずにはすまされない。楽しみよりも苦しみの多い、この人生の辛さを、わけあう中にはじめて愛が定着するのではないだろうか。

    空気の存在を忘れるように、愛そのものの形を忘れさせてくれて、空気のような軽さと透明さでつつんでくれることこそが、男にとっても、また女にとっても本当に欲しい愛の相ではないだろうか。
    多くの母親が、報いられることのない子への愛を自分でもそうと気がつかないほど大きさでふりそそぐように、本当の女の愛は、幸福な時、自分の愛の重さや量について考えるものではない。



    「愛すること」はいろんな解釈があると思うんですが、「愛する=生活とつながっている」というのもなんとなくわかるような気がします。
    ツレと一緒に暮らす中で、欠点や嫌なことがいっぱい目につきますけど、それも含めて一緒に暮らしているんですよね。
    「愛」という言葉を普段実感することから遠ざかっている気がしますが、これって定着しているってことなのでしょうか。

    【みえないものとは何か】
    みなさんは心というのは、見えると考えているかもしれません。でも、自分でも知らないうちに悪いことをしてしまったり、意図せずに人を傷つけてしまったりすることがありますね。だから自分の心も、見えないものなのです。そして、他の人の心は、もっと見えません。



    時々自分の心が分からなくなる時があります。
    そういう心もまた自分なんですよね。

    【「余生」につくす】
    取越苦労はエネルギーの無駄だ。何より大切で確実なのは、生きている今日を、一日悔いなく精一杯に生きることである。仏教は無常を説く。自分自身が無常で、明日生きているかどうかさえわからないのだ。今この瞬間を「切に生きる」ことが、一番確実な生である。



    取越苦労を繰り返して、どこかでふっきるということを繰り返してきました。
    取越苦労はエネルギーの無駄だといわれても、どうしてもやってしまいます。
    無駄だとわかっているのにです。


    仏教の世界では、一生懸命に生きることを「切に生きる」というんだそうです。
    「何にでも一生懸命」そうありたいものですね。


      




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