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    くらべない幸せ 「誰か」に振り回されない生き方

        
    「くらべない幸せ ~「誰か」に振り回されない生き方 (著者:香山リカ)」を読みました。

    誰ともくらべずに生きるなんて、私たちにはとてもできない。友達からメールをもらっても街を歩いていても、「あの人はこうで、私は……」と自分と誰かをいくらかは比較して、少しよい気分になったり大きく落ち込んだりしながら、私たちは日々を過ごしている。
    そこで、少しでもついくらべる「くらべ地獄」から抜け出て、「くらべない幸せ」に近づくにはどうすればよいのか。そのことについて、これから考えてみたい。


    基本的に女性のことを書いているのですが、女性の方が男性よりも比較の罠に陥りやすいようです。





    <もの足りなさ>

    「何が手に入ろうと、どんな立場になろうと、だれも「もの足りなさ」からは開放されない」という結論ではないだろうか。少し大げさに言えば、だれもかれもが「なにかが違う」「こんなはずじゃなかった」と首をかしげながら「これかな?」「いやこっちかもしれない」と「もの足りなさ」を埋めてくれる何かを求めてさまよっているのだ。


    資本主義社会の本質がここにあると思います。
    「持つ者と持たざる者」、「勝ち組と負け組」などの構図のように、常に向上心を煽られるのが資本主義社会です。
    そんな分かりやすい構図だけではなく、ありとあらゆる些細な事までもついつい比べてしまいます。

    ありとあらゆる事柄で他の人と比べてしまうと、さも全戦全勝でなくてはいけないと思いがちになります。
    そこに自分の価値を見出そうとするからです。
    物事にはメリットとデメリットの両方があり、何かを選択すれば何かを捨てるなどの選択をしてきているにかかわらず、他の人が持つメリット的な部分と比較し続ける…たまったものではありませんね。
    でも、これはだれでも陥る可能性があると思います。

    何らかの「もの足りなさ」はだれでも感じているはずです。
    完璧な人生なんて存在しないし、常に「もの足りなさ」を感じて私たちは生きています。
    ただ、それは他人と比べてのことなのか、自分の価値観にもとづく目標にまだ届いていないのかの境目は大きいと思います。
    自分の価値観にもとづく目標も、欲望には際限がありませんから、目標をクリアしてもまた上の目標を目指してしまいます。
    何がそうさせるのでしょうか。人間の性でしょうか。上記の様に資本主義の本質でしょうか。

    「みんなが満足しては社会が成り立たない」というのが資本主義社会の本質だと思います。
    投資をしている人は、資本主義社会は常に経済成長していくという前提を信じているはずです。
    常に経済成長していくということは、常に向上しようとするということであり、もっともっと自分が高い位置にいきたいと多くの人が思わなければ成り立たない社会であるともいえなくはないでしょうか。






    <常に煽られている>


    世の中はありとあらゆる誘惑に満ちています。
    我々は少しでも有利な情報を模索し、振り回されていまいます。
    なんというか常に煽られているような感覚です。
    「ブーム」というのは大半が作り上げられたものです。
    ブームに乗り遅れるなという情報が氾濫しています。

    「便利さの宣伝」も、より便利にと煽って来ます。
    本当に今の状態では不便でどうしようもないのでしょうか?

    「不安をあおるビジネス」も強烈です。
    投資ビジネスも保険ビジネスもそうですし、極端に言えば○○詐欺なんてここを煽っています。
    冷めた目線でみるとそういうことだったりしますけど、こうしたアイテムやよい立場を手に入れて幸せになりたいと思う気持ちは誰にでも存在すると思います。

    まじめな人、向上心のある人、努力家の人ほど、「こんなに私には選択肢が与えられているのだから、この中で最上のものを選ばなければ!」という気持ちになる。とはいっても、だれもが「最も自分に合った選択」を選べるとは限らない。あるいは、「これを選びたい」と思っていても、いろいろな理由でそれを手にすることができず、第2希望や第3希望、ときには全く違った選択肢を選ばざるをえない、ということがよくある。


    選択肢が増えている時代には、「ぼんやりと生きるのは許されない」と考えがちになるそうです。
    選択肢が狭かった時代にはある種のあきらめがあったし、仕方ない事として処理できた事が、可能となって来る時代は、まさに「自分の責任」が重くなる時代でもあるかもしれません。

    そんな時代では、他人との比較だけでなく、自分が選ばなかった道を他人の事例を通して比較することも生じてきます。
    選択肢がたくさんあるがゆえに、比較の対象もまたたくさんになります。
    私の場合は、あまり過去のことではくよくよしない性格ですので、このあたりの影響は小さめなようです。






    <満足のしかた>

    だれも本当は「どうやれば、これ以上求める気持ちをおさえて、今の自分に満足できるのか」を知らないからなのではないか。
    (中略)
    確実に言えること、それは「これでもない、それでもない」と求めていっても、人は「これだ!」と完全に満足できる状態には決してなれないということだ。


    満足のしかたを知っているかといわれれば、「よくわからない」としか答えられません。
    満足とか幸せは、その人が感じる事だからこうすればいいなんてマニュアルは存在しないと思うんです。

    自分では満足や幸せを感じたとしても、他の人からみて幸せそうだということが気になったりして、自分が本当に幸せなのかという「確信」をもつことはなかなかないようです。
    他人の目線を気にしたり、他人の比較してしまうと、どうしても心から幸せとか心からの満足とはなりにくいということではないかと思います。
    その人によって満足とか幸せの感じ方は違うのに、他人の感じ方まで気にしてしまうのは本末転倒だけど、「最高の選択」を目指すとそこからなかなか逃れらないのではないでしょうか。
    そこから開放されるには、この本のタイトル通り「くらべない」強さが必要なのかもしれません。

    自分の努力やがんばりですべてが手に入る、もっとすばらしい人生になるはず、と思うのをちょっとやめて、「まあ、これでもいいか」とそこそこで手を打ってみる潔さ、これは大事である。
    手を打つことは「妥協」でも「敗北」でもない。


    私自身は、周りと比べるより自分の絶対的価値観に重きを置けていると思っています。
    さすがに、「比べない」ことは無理ですが。
    「ある程度でいいや」というのが自分を楽にしてくれる事は、経験的に知っています。
    とはいえ、「自信をもって私は満足です」とか、「私はだれがなんといおうと幸せです」とは言えないですね。

    ■ある程度満足している

    と思っている事はいくつかあります。
    あまり過去の事をくよくよ思わないのは、「ある程度満足している」ということかもしれないなと思いました。

    「くらべない」というのは、幸せを得るための近道なのはなんとなく理解できます。
    今の自分の状況が幸せであると思えるのは、自分の価値観でもって見つめることが大切だということだと思います。
    であるならば、自分の価値観を持つ事が大事になってくるはずです。

    資本主義社会という欲望と情報の渦の中で、自分の価値観を持つためには、できるだけ多くの視点を持つ事が大切なのかもしれませんね。
    そうした渦とは別の方向に、幸せは眠っているのかもしれませんね。


     





    このエントリーは、2010年7月13日にUPしたものを修正しています。
     

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    テーマ : 心と身体
    ジャンル : 心と身体

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    非公開コメント

    こんばんは♪

    比べない幸せという本が販売されている事を知りませんでした。
    私は、以前からあまり比較しません。だから今の自分は自分で満足です。でも絶対比較しない事は不可能ですよね?
    特別にキラキラしている方を見ると
    いつかあんな風になれたらいいな♪と憧れのような気持ちで比較する事はあります(*^^*)
    うさみみさんのように、周りと比べるより、自分の絶対的価値観に重きを置けているというのは大切だと思います。
    私も自分の価値観で生きてます。
    ショッピングの中でも、価格(予算の範囲内で)に関係なく
    自分が欲しいものなら購入するし、どんなに広告の品でもいらないものはいらないです。
    でもそんな自分の価値観の中で生活している人を
    そうできない人からは妬まれてしまうのかもしれないです。
    私は近頃、リアル社会で嫉妬を感じる事が時々起きていて
    嫌な気分になる事があります。


    kirara☆28さんへ

    この著者は、アンチ勝間として上手く上昇気流に乗った方です。
    精神科医なので好きな分野ですし、好きな著者です。

    比べても仕方がないと意識し始めてから楽になった記憶があります。
    特に女性は比べる病になりやすいようですね。
    妻もそうでした。
    だいぶ、「あきらめ」が入って良くなってきましたが、比較と嫉妬の中にいた時期はとてもしんどかったです。



    >でもそんな自分の価値観の中で生活している人を そうできない人からは妬まれてしまうのかもしれないです。

    そうかもしれませんね。
    大切な事は、相手の心です。
    嫉妬されることもあるし、卑下される事も当然あります。
    それが比較がもたらす、感情なのですから。



    >私は近頃、リアル社会で嫉妬を感じる事が時々起きていて 嫌な気分になる事があります。

    特に女性の場合、嫉妬の対象にされると大変です。
    親になればとても顕著になります。
    実は嫉妬される方も無防備であることが多いと感じます。

    本人が普通の事と思って話したこと、相手にはものすごくリッチに映るとかで、相手の感情を刺激していたり。
    いろんな価値観の中にいるということを忘れて、自分基準だけで周りと接している無防備な人は、かわいそうですが本人が何故だかわからずに嫉妬されているかもしれません。

    もちろんkiraraさんのことではないですよ。(kiraraさんのことは詳しく知りませんもん。誤解のないように念の為。)
    ママ友ってそんな感じの話が多いのです。
    この本の様に心理学的な勉強というのは、その心の裏側を推し量るには面白い本だと思います。

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