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    中村天風先生の行動学

     
     
    相互リンク先の「のっぽさん」が、お手本にされていたのを記憶していたこともあり、中村天風先生に関係する本を図書館で見つけました。
    「中村天風の行動学 (武田鏡村著書)」です。


    心について興味を持っているので、この本は非常に示唆に富む所が多かったです。
    心というより、考え方、ものごとの捉え方のヒントがあります。


    基本的な考え方として、「生命の力を信じよ」ということです。
    霊魂という表現をされていますが、「気」という言葉ならば、東洋医学の世界でもありますので、そちらをイメージした方が分かりやすいかもしれません。



    肉体が生きているのは、霊魂という気の力が肉体を活かしている。



    「まず肉体ありき」というのではなく、心のもととなる気が元になっているという考え方です。
    うさみみは「心と体は一体」という認識をもっているので、これは受け入れやすい考え方です。
    「人間の健康も、運命も、心一つの置きどころ」という言葉を残している。
    いわば、心の置き方によって、人生を積極的に生きるか、消極的に過ごすかという違いが生じるということのようです。





    <自己の確立とは>



     善と悪は、私たちが生きていくうえでの常識的な価値判断である。「これは善いことだ」「これは悪いことで、いけないことだ」と判断することだ。
     だが、この判断は、あくまで社会規範が投影された心の動きでしかない。そうした外界からの影響を受けずに、自分というもの、自分の心の本来のものは、いったい何であるかを真剣に見つめて、しっかりととらえなければ、自分というものを離れて、社会の価値観や風潮に流されてしまうことになる。それでは自己が確立されない。
     自己を確立して、その自己から自分が生きることを見つめると、それまでとは違った世界が広がってくるのである。



    うさみみもここでいわれている、社会規範の影響を大きく受けた人間だと思っています。
    まず、そこを自認することから始めようと思います。
    「自己の確立」とな何なのか?
    正直に言って、未だに見えてはいません。


    「どんな年齢になっても伸びようとするのが自然である。」
    とにかく前向きさを失わないようにしたいですね。



     自分の「分」を知るとは、いったい何だろうか。
     それは「自分の限界を知ること」である。限界さえ知っていれば、それを踏まえたうえでの希望や意欲が現実に適用できる。逆に、もし自分の限界を知らなければ、自分の力を過信してしまい、それを現実に対応させようとして必ず破綻してしまう。



    積極的に生きることと、自分の限界を知ることは、整合が難しそうですね。
    折り合いをつけほどほどの目標を持ちつつも、積極性を失わないという感じでしょうか。






    <言霊の力>



    言葉は人間にだけ与えられたものだが、その言葉を積極的に表現した場合と、消極的に表現した場合とでは、直截的に実在意識が受ける影響には格段の違いがある。
    (中略)
    言葉の使い方次第で、「実在意識→潜在意識→神経系統→生活機能」という流れで私たちは変わっていくのだ。




    ブログをやっていて思う事の1つが、言葉には意志が乗りうつるということです。
    自分が発した言葉は、自分に呪縛を掛けるがごとく効いてきます。
    呪縛という表現を活力に変えても同じです。
    言葉は生き方にも影響を与えるだろうというのが実感です。


    「実在意識→潜在意識→神経系統→生活機能」という流れのことはよくわかりませんが、言葉が言霊として自分に影響を与えるということであれば、実感として理解できます。
    「言葉が人間を形成する」という真理は、鎌倉時代の道元禅師が言っていたということです。
    国語が苦手なので損だなと思ったりします。
    でも、国語が得意とか表現が上手いとかは相手とのコミュニケーションスキルが主ですし、自分との対話が基本なのですからあまり気にしなくていいのかななんて前向きにとらえて行こうと思います。






    <積極心とは>



    積極性と消極性を対比して考えがちだが、それは大きな問題で、間違いの元だということのようです。
    総体的な積極心を一段越えた所にある絶対的な積極心とはどういうことなのだろうか。



    絶対的な積極心
    「相対的な積極心」と違って、「絶対的な積極心」とは、対象や対人などというものに心がとらわれていない状態のことだ。それは、心の雑念とか妄念、あるいは感情的なものが生起しない状態の心である。決して「張り合おう」「対抗しよう」とか「打ち負かそう」「負けたくない」といった気持がない状態の心である。



    この分を読んで、到底行きつく事ができそうにないと思っていまいました。
    自分がこうした雑念の塊であることを知っています。
    「悟り」とは上記のような境地を言うのでしょうか。


    いつかそのような境地にたどりつくことができるのでしょうか。
    自分のブログの軌跡を見ると、雑念の塊にしか見えてきません。
    こういう消極的な心ではいけないのでしょうね。
    まあ、いつか何か見える時がくるよね。きっとね。




    本の後半には更にいろんなことが書かれています。
    図書館に返す期日が来たということもありますが、これ以上頭に詰め込んでもダメだと思いました。
    まずは、ここまでのことを、自分なりに考えてみたいと思うのです。
    その先は、将来の楽しみに置いておこうと思います。








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    テーマ : 人生設計を考えよう
    ジャンル : ライフ

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    非公開コメント

    積極的な心

    取り上げて頂いて、とても嬉しく思います。

    「心と体は一体。」ということについては、僕も、そう思います。

    >「絶対的な積極心」とは、対象や対人などというものに心がとらわれていない状態のことだ。

    僕も、いつかは、そうなりたいです。

    最近は、効率がクローズアップされることが多いですが、いずれまた、「積極的な心」が評価される日が来るのではないか、と思っています。

    のっぽ187さんへ

    コメントありがとうございます。


    >最近は、効率がクローズアップされることが多いですが、いずれまた、「積極的な心」が評価される日が来るのではないか、と思っています。

    40になると「効率」というのがちょっとずつアホらしく感じ始めるようになりました。
    「心」を意識するにつれ、「心」は効率で表現できないということなのかなと思っています。

    ものごとのとらえ方や考え方で、人生がすこし温かくなるのなら、一生懸命考えてみようかなと思っています。
    少し効率を開放してやるのも悪くなさそうです。

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